最後のブルートレイン、北斗星乗車記(4)完結編 そして札幌へ

北海道新幹線の開業準備に伴い、2015年8月で運転を終えた寝台特急北斗星。運転終了に伴い、1958年の20系「あさかぜ」以降57年に渡って運転されてきた「ブルートレイン」の歴史に幕が降りた。8月9日から10日にかけて、最初で最後の、北斗星に乗車する機会に恵まれた。最後のブルートレインの風景を点描したいと思う。第4回は、いよいよ日中の函館本線、室蘭本線を駆け抜けて終着札幌へ…!
北斗星乗車記・第1回はこちら
列車は6時49分に函館を発車。あいにくの曇り模様のなか、函館本線をひた走る。
11号車はいちばん機関車に近いこともあって、DD51の機関音と汽笛が心地良く聞こえてくる。
トンネルに入ると、とくにエンジン音が反響してよく聴こえる。
DD51のこと。
DD51のブルートレイン(20系以降)牽引は、1965(昭和40)年に「はくつる」の東北本線盛岡駅以北の補機仕業が皮切りだというから、今年までちょうど半世紀続いたことになる。これはもちろん、EF65も、EF66も、パーイチもかなわない。1形式では最長期間記録で、不滅の記録だ。そしてまた、ブルートレインの掉尾を飾るのもDD51ということになる。
とにかく、DD51のエンジン音は、高級スポーツカーに乗ってハイウェイを巡航しているかのような小気味良いサウンドだ。DML61Zは、過給器・インタークーラー付き、61000CC、1100馬力のV12気筒エンジンが1両に2基だから、重連だと4基で24万4000CC、4400馬力。どんな億万長者でも、こんな高スペックのエンジンを奢ったクルマに乗ることは不可能なのだ。エンスーにこのスペックを教えてあげたら、すこしは鉄道を見直すのではないか。
今回の北斗星とは関係ないが、話ついでに、鉄道博物館に展示されているDD51のピストンをご紹介。キハ58と比較してもその大きさはダントツだ。

閑話休題。そうこうするうちに、列車は朝もやに包まれる大沼公園を抜け、7時38分、森に到着。

森は、駅こそいかめしなどで有名だが、優等列車を除けば1日7本の単行各駅停車しか止まらない。ホームからすぐに防波堤が見えるが、大きなカモメが防波堤にズラーッと止まっていて壮観だ。おそらくこのあたりでは人の数よりカモメの数のほうが多いのではないかと思う。
日が明けてからも半日ちかく走り続ける北斗星。ジョイント音とカーブに合わせ、幌と渡り板は律儀に踊りつづけている。車内にはけだるい空気が漂うが、これこそ長距離寝台特急の醍醐味だ。



東室蘭に到着。列車は5−6分遅れているようだが、回復運転するつもりはないらしい。まあ、北斗星に乗っていての遅延はボーナスのようなものだが…。
列車は苫小牧にて海岸線と別れ、千歳線をさいごの力走を見せる。
いよいよ終着札幌へ。
そして、新札幌を出るとハイケンスのセレナーデが流れ、いよいよ終点札幌到着が近いことを告げる。途中徐行の影響で6分遅れたことのお詫びと、乗り換え案内は淡々とした札幌近郊の小樽行きや岩見沢行きなどの案内のみで、帯広・釧路・旭川・網走方面への特急列車への乗り換え案内がなかったのはちょっと寂しい。また、アナウンス終わりのハイケンスもなかった(笑)。
11時21分、列車は高架ながら薄暗い札幌駅3番ホームにすべり込んだ。

やはり国鉄型駅名標が迎えてくれる。地平ホーム時代から使われているのだろうか。



初の北斗星乗車、札幌に降り立った第一の感想は、「本当に、東京から札幌まで一本の列車で来れるんだあ」という変な実感であった。そのことは周知の事実でも、我が身を以って体験することで、実感として湧いてきたといえばよいだろうか。
上野から札幌まで、北斗星号の走行距離はじつに1,214.7 km。走行時間は18時間55分。それが飛行機であれば、わずか1時間半あまりで着いてしまう。そこに21世紀の今日まで寝台列車が走り、一本の列車で結ばれていた。いままで残っていたことが奇跡だったのかもしれない。

ひっきりなしに列車が出入りする札幌駅は、上野駅の地平ホームなどよりはるかに慌ただしい。あまり余韻に浸る間もなく、到着から十分あまりで、列車は札幌運転所へと引き上げていった。
札幌駅の改札を出ると、そこにはさほど東京と変わらない無個性なエキナカのショッピングセンターが広がっている。おそらく、旅情を味わうという時代はもうとっくに終わってしまっているのだ。そう自分に言い聞かせると、僕は札幌駅を足早に立ち去った。
さらば、北斗星。さらば、ブルートレイン―。
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