2014年冬、最後のブルートレイン、臨時「あけぼの」乗車記
ちょうど1年前だ。2014年冬、すでに臨時化されていた寝台特急「あけぼの」が最後の運転を終え、青森行き東北ブルートレインの半世紀の歴史に幕を閉じた。年の瀬も押し迫った12月29日、私は上野駅地平ホーム13番線に降り立った。
師走の上野駅には、いまもヤミ市の空気が
あけぼのに乗るのは、2011年夏以来だ。あの頃はまだ定期運転で、日本海もまだ頑張っていた。北海道行きの夜行とは違い、そこそこ「気軽に乗れるブルートレイン」ではあったが、それでもあれよあれよという間に臨時に格下げされ、ソロも外され、運転日も減らされ、いよいよこの冬が最後だろうということになった。
「乗ろうと思ってもなかなか乗れない」ことがまさにブルートレインの衰退の原因である。日本中どこでも飛行機で数時間という世の中のリズムに、ひと晩かけて移動することじたいが間尺に合わないのだ。エイヤでスケジュールを固めないと、ブルートレインの旅は難しい。
上野駅の駅舎は闇に包まれている。薄暗い玄関を抜け、駅舎に入るとパッと明るくなり、吹き抜けの大通路には溢れんばかりの雑踏。改札を潜るとふたたび薄暗い地平ホームが広がっている。
13番のりばで待つことしばし、推進回送であけぼのが入線してくる。さすがに人が多いので、先頭のEF64を記録程度に収めるとコンパートメントへ向かい、寝台特有の低いチェアーに身を沈める。
9021レ・臨時「あけぼの」は21時33分、定時に上野を出発。音もなくホームを滑りだす。このホームの発車ベルがチンチクリンな発車メロディーになってから、発車をデッキで味わうこともなくなった。
上野を出発すると、すぐにハイケンスのセレナーデが流れ、青森までの停車駅を案内する。22時近いので、これがおやすみ放送だ。翌朝の鶴岡到着20分前まで車内放送はないとのこと。
この日は珍しくスリ・置き引きの注意喚起があったが、最近はあまり聞かれなくなった。これも、ブルートレインが人びとの移動手段の主流ではなくなった残念な証左だ。渥美清の映画『喜劇 急行列車』では、車内で発生する置き引きが一つのエピソードを成していた。成金から新婚旅行客、用務客、傷心の女性、出稼ぎ労働者、そして掏摸まで、雑多な人びとが一つ屋根の下で揺られながら目的地に向かう。そんな群像の縮図たるブルートレインははるか昔話に成ってしまった。
この臨時あけぼののスジは非常に寝ていて、秋田着が8時57分、終点青森着は翌30日の12時19分。半日近く陽の下を走り続ける。これは完全に急行「天の川」や「津軽」のスジで、所要時間は15時間近くだ。
B寝台のボックス内では持ち寄った酒やツマミで宴会が行われている。
高崎23時16分発。日付も変わり、2時前だろうか、上越国境のトンネルを抜ける。酒を酌み交わしていたコンパートメントの連中と、息をこらして窓の外の景色に目をやる。国境越えの通過儀礼だ。雪は止んでいるが、吹き溜まった雪がナトリウム灯に照らされてオレンジ色に光っている。雪があたりの音をかき消していて、ガラス越しにもしんとした空気が伝わってくる。いちど就寝することとする。
雪の日本海沿いを北上
6時過ぎだったか、ちょうど鶴岡停車前のおはよう放送で目が覚めた。この時期の日の出は7時前と遅い。まだ薄暗い庄内平野を列車は走っている。完全に雪景色のなかだ。
鶴岡、余目とこまめに停車する。これは特急停車駅ではなく、急行「天の川」の停車駅だ。
そして6時48分、庄内地方の中心である酒田に到着する。12分間の停車だ。
方向幕を写真に収める。「◯◯線経由」と書かれた方向幕が好きだ。たとえば、メインルートである東北本線経由のはくつるには、「東北線経由」とは書かれない。ゆうづるの「常磐線経由」、あけぼのの「奥羽線経由」、鳥海に至っては「上越・羽越・奥羽線経由」とある。どこか裏道的なイメージも然ることながら、旅路の果てに至る道筋が可視化されていることがなんとも言えない旅情を醸し出す。
列車は酒田を7時丁度に発車。羽越本線の残り半分を北上する。
羽後本荘、8時9分着。ふたたび7分間の停車だ。
鉛色の空、一面の雪景色にあって、真紅のパーイチと碧い客車のコントラストは鮮烈だ。
秋田8時57分着。定期の寝台特急であれば、この時間帯がギリギリの有効時間帯だ。停車時間はわずか4分だが、コンコースまで走り、朝食を調達する。運よく大館駅の「鶏めし」を手に入れることができた。
まだまだ3時間近くの旅路だ。ヒーターで暖まった車内には、けだるい空気が漂う。
八郎潟9時30分、森岳9時45分、東能代9時57分、二ツ井10時16分、鷹の巣10時29分、大館10時49分とこまめに止まる。たとえば東京から森岳への旅客需要が果たしてどれほどあるかは疑問だが、こまめに止まっていく。雪もどんどん深くなっていく。
雪の青森駅へ定時通り到着
正午を過ぎた。定期運転でお昼を過ぎて走るブルートレインは、西鹿児島まで通じていたころの「はやぶさ」が最後だったと思うがどうだろう。朝飯の「鶏めし」もこなれ、さすがに車内販売もないと厳しい。
ようやく、ハイケンスのセレナーデが鳴り、終着青森到着を告げる。
列車は雪の中、時刻通りに青森駅5番のりばへとすべり込んだ。まあ、これだけ余裕時分を取っていれば、よほどの大雪でも降らない限り定時で運転できるはずだ。
さっそく跨線橋を渡り4番ホーム側からあけぼのを望む。ヘッドマークは着雪し白くなっている。
程なくEF81は切り離される。間一髪でセーフだった。
青森駅の、この機回し線が好きだ。上野の推進回送も勿論よいが、ちゃんと機回しが出来る駅は段々と減ってきている。
ホームの先端には、青函連絡船のりばの方向を知らせるペイントだけが残っている。
「あけぼの」は、この2014〜2015年年末年始の運転を以って完全に姿を消した。
さあ、青森だ。酸ヶ湯にでも行って、身体を温めようか。
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