1992年・夏、中津川駅。381系エル特急しなの

ついに、2015年10月いっぱいで関西地区の381系が引退となった。今日の1枚は、1992年8月に中央西線中津川駅で撮影した381系エル特急「しなの」の在りし日の姿を紹介したい。


ついに、関西地区の381系が10月いっぱいで引退となった。

とくに福知山電車区所属の車両は貴重な国鉄色ではあったものの、ヘッドマークは「北近畿ビッグXネットワーク」デザインの現代的なものであった。わざわざ撮りに行こうという気持ちにはならず、けっきょく撮らずじまいで運行終了を迎えてしまった。

報道によれば、一部の車両は「やくも」に転用されるとのこと。「国鉄色」のやくもが復活するかも?と期待したが、よく聞いてみれば対象は日根野所属の編成とのことで、よく考えて見れば福知山所属の国鉄色アコモ編成ではなく、スーパーくろしお編成を持って行かないと玉突き転配の意味がない。

381系エル特急しなの。神領電車区D-3編成。中央西線中津川駅にて。
381系エル特急しなの。神領電車区D-3編成。中央西線中津川駅にて。

写真は、1992年夏。中央西線中津川駅にて撮影したエル特急「しなの」。当時中学生だった自分にとって、「しなの」はなかなか見られない遠い存在だった。以前紹介した太多線のキハ58を撮影した直後だ。

1992年・夏、美濃太田駅。太多線のキハ58-733(海ミオ)

今から23年前、1992年・夏。北陸旅行の帰り。美濃太田駅にて、太多線のキハ58ー733。

神領電車区(海シン)所属の381系D-3編成。パノラマグリーン車はすでに登場していたが、D編成はパノラマグリーン車非組み込み。383系登場の2年前、定期運用引退4年前のことである。名古屋方の先頭車はクハ381−2かと思われる。昭和47(1972)年第1次債務にて製造。長野運転所に新製配置。

貫通扉を装備したクハ381−0番台は、「しなの」用に製造され、JR東海のみが所有していた。2001年には全車が廃車となってしまった。また、客室窓のベネシャンブラインドもJR西日本では通常のカーテンに換装されてしまったため、現在では見ることができない。

カメラ不明。フィルムから、EPSONのスキャナー・GT-X970で取り込んだもの。

本日はご乗車まことに有難う御座います。
恐れ入りますが、お手持ちの乗車券を拝見させていただきます。
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